「じ・い・さ・ま」
希代の大陰陽師、安倍晴明には溺愛する孫がいる。
その可愛い可愛い末孫が、晴明の膝に顔を乗せて、にっこーと微笑んだ。
「あのねー、だいきらい!」
どんな強敵も倒してきた大陰陽師は、孫のたった一言にあっさりと撃沈した。
きらい / すき ?
「晴明、せーめい?」
真っ白になってしまった老人の前で、朱雀はヒラヒラと手を振った。
当代で並ぶ者なしと言われる大陰陽師を、こうもボロボロにしてしまうとは。
主の、他では見せられない様子に、部屋の隅では天一が困ったような笑みを浮かべた。
仕事で忙しかった晴明は、昌浩の最近のお気に入りの遊びを知らないのだ。
「晴明。おーい、聞いてるか?」
「晴明様。今のは“逆さ遊び”です」
天一の言葉に、ようやく晴明が反応した。
「逆さ、遊び?」
「ああ。言葉を逆さまにして話しているんだ」
「・・・つまり?」
「今の昌浩の“嫌い”は、“好き”だ」
孫の一言に衝撃を受けていた晴明は、ほーっと息を吐いた。
冗談ではなく寿命が縮んだ。
「やれやれ。また妙な遊びを思いつくのぉ・・・」
疲れた顔の晴明に、朱雀が困った顔で笑う。
「どこで覚えてきたんだか。露樹も手を焼いていた」
子どもらしい無邪気な遊びといえばそうなのだが。
好きなものを嫌い。
良いものを悪い。
そんな風に言うのは、決して褒められたものではない。
「昌浩や」
晴明は、膝の上でころころ転がる末孫に、優しく語りかけた。
「逆さ遊びも良いが、言われた方の気持ちも考えてごらん?」
「きもちー?」
「そうじゃ。例えばの、露樹が一生懸命美味しいものを作ってくれたとしよう」
「うん」
「昌浩は、それがとても美味しかった。しかし逆さ遊びだと、不味いと言うんじゃろう?」
「う、ん・・・」
「昌浩は、美味しいものを作ってくれた母上に、不味いと言うのかな?」
「・・・・・」
昌浩は、困った顔で首を傾けた。
そうして、ゆっくりと首を振る。
「ううん、ゆわない。ははうえがかわいそうだもん・・・」
「そうじゃな」
「・・・じいさま。まさひろ、さかさあそびやめる・・」
「そうか。昌浩はいい子だなぁ」
晴明は、微笑んで小さな頭を撫でた。
「紅蓮」
主の召喚に、長身の男が顕現する。
十二神将が一人・火将騰蛇。
誰もが恐れる凶将ではあるが、昌浩はこの男によく懐いていた。
「どうした晴明」
「昌浩が寝てしまいそうなんじゃ。すまんが、部屋で寝かせてやってくれんか」
見れば、主の膝の上で、子どもがウトウトとまどろんでいる。
「昌浩?」
手を伸ばすと、昌浩はこしこしと眠そうに目を擦る。
「昌浩、寝るのなら室へ戻るぞ」
「れーん・・・?」
目元を和らげる神将に、昌浩はにっこりと微笑んだ。
安心しきった子どもを腕に抱えると、温かい手がすがり付いてくる。
「ぐれー・・・・」
「うん?」
昌浩は、神将の胸に頬を摺り寄せた。
「ぐれー・・・だいすき」
そしてそのまま、子どもはすやすやと心地よい眠りへと落ちたのだった。
「・・・・・」
「・・・・・」
室には奇妙な沈黙が落ちた。
晴明が不思議に思って紅蓮を見ると、昌浩を抱えたまま固まっている。
何事かと目を剥く主に、顕現した朱雀が言った。
「晴明よ。もしやとは思うが、騰蛇は逆さ遊びを知っていたのではないか?」
「・・・子守を頼んでいたからのぉ・・・知っていただろうなぁ・・・」
「それで。逆さ遊びを止めたことは?」
「・・・・・」
晴明と朱雀は、顔を見合わせた。
つまり、騰蛇の今の認識はこう。
嫌い=好き。
好き=嫌い。
だいすき、これ即ち、だいきらい。
「・・・・晴明、騰蛇に教えてやったらどうだ」
「うーむ。いやしかしなぁ・・・あんな紅蓮も珍しいからのぉ。そのうち気づくじゃろうて」
「狸爺め」
楽しそうに笑う老人を、朱雀は呆れた目で見るのだった。
さてさて、十二神将最強の男はといえば。
目を覚ました昌浩に真実を聞かされるまで、硬直したままだったとか何とか。
それはまた別のお話。
おしまい。
* * *
つまりまぁ、勝手にやっといて下さいみたいな?笑
掲示板で頂戴しましたネタを使わせて頂きましたwありがとうございました♪
リアルに嫌いというネタは以前やったので、今回はちょいこらギャグで。
孫溺愛なじい様と紅蓮が大好きです(笑)